中央集権に思考を奪われる構造は、今も昔も変わらない。

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中央集権に思考を奪われる構造は、今も昔も変わらない。

中央集権に思考を奪われる構造は、今も昔も変わらない。

戦前、「神風ニッポン」と戦況を美化し、多くの命が散った。
戦後、預金封鎖(1946年)から約30年後に流行した『昭和枯れすゝき』(1974年)は、
諦めと順応を“美談”に変える装置だった。

貧しさに負けた
いいえ 世間に負けた
この街も追われた
いっそきれいに死のうか

 

1983年、山下達郎『クリスマス・イブ』がリリースされる。
JR東海のCMと連動し、「遠距離恋愛=純愛=新幹線チケット」へと昇華された。

きっと君は来ない、ひとりきりのクリスマス・イブ

「誰かを好きになること」「恋愛状態であること」が正義とされる空気を生み、
恋人のいない者には「欠けている」かのような同調圧力を植え付けた。
バブル直前の”感情を媒介とした購買煽動”。
都市化の波に乗せて、「愛と浪費」が美しくラッピングされた。
そして1989年、バブル崩壊──感情と経済がズブズブだった時代が終焉を迎える。

 

そして令和。
藤井風『満ちてゆく』──紅白にも登場した“癒し”の歌。
でも、その歌詞に潜む言葉たちに違和感を覚える。

・仕方がない
・手を離す
・軽くなる
・満ちてゆく

これは本当に癒しの歌なのか?
むしろ、「自己責任論」へのサブリミナル誘導ではないのか?

「時代の変化は仕方がない」
「痛みは個人で癒せ」
「責任を問うな、ただ飲み込め」

音楽という“感動ツール”が、静かに思考停止マインドセットを浸透させる。
「仕方がない」が繰り返されるたび、
それは無責任なグレートリセットの地ならしに聞こえてくる。

 

洗脳は、心地よく、美しく、甘くやってくる。
だから私はこれらの曲に、強烈な違和感を覚える。

 

私たちにできること──
「流行=広告=消費誘導=洗脳」の構造に気づくこと。
自分の貴い魂を、文化的詐欺から守ること。
不観測・不服従・市民的選択を、日々積み重ねること。

 

誰かの歌ではなくて、
自分で作ったオリジナルの歌を歌えばいいんだ。
西洋音楽由来のコード進行を気にする必要はない。
というか、気にしない方が良い。
自分由来の、無調性、無拍子、無秩序のオリジナルを創り出し
誰にも乗っ取られない自分Worldを構築するんだ。

 

それがやがて、「解脱」と呼ばれる地点につながる。

 

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